2013年4月11日木曜日
日英言語文化小論(11)【おいとま[暇]させていただきます】
■たまたま、とある英和辞典のnowの項を見ていると、ある用例が目にとまった。それは、
"We need to leave now, not in ten minutes."
「10分と言わず、すぐにおいとましなければなりません。」
というものであった。最近では、同様のコンテクストであれば、「すぐに失礼させていただきます」あたりが一般的のように感じるが、それよりも気になったのが、「すぐ」に「おいとま」しなければならないということである。筆者の語感では、「おいとま」する[させていただく]ような状況では、それまで過ごした時間と空間に、(それなりの)広がりなり、奥ゆきなりがある。つまり、やや大げさかもしれないが、「(あなたと過ごした)お時間は楽しく、有意義でしたが、お互いこの後の予定もあるでしょうから、名残り惜しいことではありますが、失礼させていただきます」 ということである。したがって、(楽しい時を過ごしましたが)「そろそろ」失礼させていただきます、つまり、「おいとま」させていただくということになる。「すぐに」が用いられるような状況では、そうした時間の広がりや奥ゆきは感じられない。
いわゆる言葉の位相とも関連するかもしれないが、「おいとま」と「すぐに」が共起することに違和感を禁じ得ない。手元の「岩波国語辞典(第七版)」の「いとま」の項では、「会っていた人と別れること」とし、「そろそろ―(を)します」という用例が記されている。また、オンライン日本語コーパス「少納言」で「おいとま」を検索したところ、28件中5件が「そろそろ」、「もうどうしても」など、それまでの時間の奥ゆきを感じさせる表現が3件、そして、「すぐ(に)」が3件であった。確かに、日常生活においても、“なんとなく”「すぐにおいとま・・」という表現を耳にすることはあるし、実際その表現に違和感を覚えない方も多いであろう。個人的には「とんでもない」[http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/183.html]と似たような事例に感じる。
先の英文用例を見ると、もし筆者のような語感を持つ方が読んだ場合、コンテクストが不明な中で、"We need to leave now..."に「すぐにおいとましなければ」ならない状況は見えないであろう。「おいとま」を用例として取り上げるのであれば、「スーパー・アンカー和英辞典(第2版)」の「おいとま」の項にある「そろそろおいとましなければなりません」"I think I should be going [be on my way] now."のように、"I think"や"should be~"のような婉曲的な表現を用いることで語調を整えた用例をあてるのが望ましい。日英言語文化論的見地からも、そうした婉曲的な表現の中に時間の広がりや奥ゆきというものが醸成されると言える。したがって、先の"英和"辞典の用例"和訳"に対する表現として「おいとま」をあてること(もしくは英文用例そのもの)には慎重になった方がよいのではなかろうか。
こうした日本語母語話者が参照する(であろう)辞典辞書類における用例の選定には、今後も適切な対応や配慮が必要である。この点については、英語辞書界の大家・山岸勝榮氏(明海大学大学院教授)が提唱されておられる(英語)辞書用例学(Ipsology)[http://jiten.cside3.jp/ipsology/ipsology_top.htm]の研究がこれまで以上に発展されることが重要となろう。■
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