Gruss Gott !!
先日、オーストリアへの海外出張から帰国した。
アメリカ偏重気味の自分にとって初めてのヨーロッパであったので、非常に興味深い出張となった。オーストリアはドイツ語圏であるが、皆英語を流暢に話す。 少なくとも、こちらの言う事は100%分かってもらえる。今回の目的は、南部の中都市・クラーゲンフルトにあるエンジニア系の学校と協定を結ぶための表敬 訪問である。英語が外国語であるということに変わりはないので、相手校の様子を見ることで、我が国の英語教育の問題点を探るいい機会になるかもしれない。 そこには3日間滞在し、1日目の午前はオーストリアの教育体制、2日目の午前には日本の教育体制等を議論し合った。それぞれの午後には授業を見て回った。 おそらく準備をしていたようで、教員も学生も東洋からの訪問者に驚くことなく、落ち着いて対応してくれた。(今度は“実状”を見たいものだ)3日目には近隣 にある第2、第3の学校を訪問した。特に第3の学校は狩猟用の銃製作で世界的に有名なところで世界各地から留学生が学んでいた。また、一生に一度になるで あろう実弾を撃つ機会を得た。思った以上の衝撃で、あらためて銃の怖さを考えさせられた。
ところで、協定予定先の学校では、皆きちんと挨拶をしてくれた。そこでよく耳にしたのが、“Gruss Gott”(uはウムラウト、ssはエスツウェット)であった。英語で言うHelloにあたるそうだ。たとえベンチで座って勉強や、おしゃべりをしていた としても、我々が通るとそう言って挨拶してくる。日本では、廊下をすれ違うときであっても「こんにちは」と言ってくる学生が減少している中で、ちょっとし た驚きであった。しかも皆目を合わせてくる。文化の違いもあろうが、やはりどこを見ているのかわからないで挨拶されるよりは良い。コミュニケーションをと るということは日頃の習慣や日々の環境によって大きく影響されるものなのだと強く感じた。外国の人とコミュニケーションをとりたいからといって、外国語学 校に通ったとしても、語学だけではカバーできない一面もあるということであろう。外国語を学ぶということは、単に「コトバ」としてそれを学ぶだけではな く、それを取り巻く環境、すなわち「文化」を知ることであるということを実感した。
アメリカ偏重気味の自分にとって初めてのヨーロッパであったので、非常に興味深い出張となった。オーストリアはドイツ語圏であるが、皆英語を流暢に話す。 少なくとも、こちらの言う事は100%分かってもらえる。今回の目的は、南部の中都市・クラーゲンフルトにあるエンジニア系の学校と協定を結ぶための表敬 訪問である。英語が外国語であるということに変わりはないので、相手校の様子を見ることで、我が国の英語教育の問題点を探るいい機会になるかもしれない。 そこには3日間滞在し、1日目の午前はオーストリアの教育体制、2日目の午前には日本の教育体制等を議論し合った。それぞれの午後には授業を見て回った。 おそらく準備をしていたようで、教員も学生も東洋からの訪問者に驚くことなく、落ち着いて対応してくれた。(今度は“実状”を見たいものだ)3日目には近隣 にある第2、第3の学校を訪問した。特に第3の学校は狩猟用の銃製作で世界的に有名なところで世界各地から留学生が学んでいた。また、一生に一度になるで あろう実弾を撃つ機会を得た。思った以上の衝撃で、あらためて銃の怖さを考えさせられた。
ところで、協定予定先の学校では、皆きちんと挨拶をしてくれた。そこでよく耳にしたのが、“Gruss Gott”(uはウムラウト、ssはエスツウェット)であった。英語で言うHelloにあたるそうだ。たとえベンチで座って勉強や、おしゃべりをしていた としても、我々が通るとそう言って挨拶してくる。日本では、廊下をすれ違うときであっても「こんにちは」と言ってくる学生が減少している中で、ちょっとし た驚きであった。しかも皆目を合わせてくる。文化の違いもあろうが、やはりどこを見ているのかわからないで挨拶されるよりは良い。コミュニケーションをと るということは日頃の習慣や日々の環境によって大きく影響されるものなのだと強く感じた。外国の人とコミュニケーションをとりたいからといって、外国語学 校に通ったとしても、語学だけではカバーできない一面もあるということであろう。外国語を学ぶということは、単に「コトバ」としてそれを学ぶだけではな く、それを取り巻く環境、すなわち「文化」を知ることであるということを実感した。
Posted by sekine at 21:40(2005年4月9日)