2011年5月16日月曜日

patience (2)

前回の再投稿で、"Our patience is wearing thin."を「我々も我慢の限界がきている。」という用例があるが、今回の福島原発問題に関する米保守系オンライン紙の"The Christian Science Monitor"では、日本人の特性の1つとして"gaman"(我慢)を取り上げていた。それによると、patienceをもって、persevere, endure((あることに)(痛みや困難に屈せずに)継続してやり抜き)し、overcome(乗り越える、克服する)することがgamanであると、評価しているのが興味深い。

"One noble trait that the Japanese admire is gaman. It is their word for the ability to persevere, endure, and overcome, with patience."
(Christian Science Monitor March 15, 2011)

『スーパー・アンカー英和辞典』(第3版)によると、「忍耐」のとらえ方について、「英語圏の人々も時と場合によっては忍耐やがまんに価値を置くが、日本の「石の上にも三年」とか「ならぬ堪忍、するが堪忍」ということわざが示すような、長期間の忍耐や自虐的とも思えるがまんに価値を置くようなことは一般的ではない。」(p.1179)とある。この点から、「いらいらせず冷静に耐えるという受け身的な面を強調する」を含意するpatience(同p.1179)では、長期化が必至となり、放射能の脅威に立ち向かわなければならない福島原発の現状に対する日本人の姿勢を示す表現として不十分であるのだろう。つまり、日本語文化的な"gaman"は、英語文化的な視点からすると包括的であり、1語ではなく、多様な意味成分で捉える必要があると言える。

【お知らせ】研究ブログを移動しました!

 本研究ブログの容量がいっぱになりましたので、新研究ブログを立ち上げました。 心機一転、研究ブログを再開したいと思います。引き続きどうぞよろしくお願いします。 新研究ブログは こちら